Jeans & Development / 放射能 https://www.rad51.net/jeans/ コンピューターのことなどを綴ったメモ (旧:目から鱗 w/SQLite) / 放射能と原発による汚染について ja Jeans CMS © Weblog http://backend.userland.com/rss https://www.rad51.net/jeans/skins/jeans/images/jeans2.gif Jeans & Development https://www.rad51.net/jeans/ 東電の原発事故で、「放射能による直接の被害者は一人も居ない」と主張する人たちへ https://www.rad51.net/jeans/?itemid=882
政調会長のこの発言に対する抗議としては、過酷な避難で亡くなられた方や精神的に追い詰められて自殺された方など、いわゆる原発事故関連死と認定された方々の存在に基づくものがほとんどのように見受けられる。

そういった抗議ももっとものことであるが、それ以前の問題として、本当に原発事故による放射能漏れが直接の原因となる死亡者が一人も居ないのかどうかということを考えねばなるまい。

おそらく、政調会長のこの発言は、チェルノブイリでの原発事故と東電の原発事故を比較しての事だろうと思われる。確かに、チェルノブイリでの原発事故の際、事故後の発電所で作業を行った方々が、程なくして亡くなっている。他方で、東電の原発事故では、こういった死者は報告されていない(参考:1999年の東海村JCO臨界事故では2人亡くなっている)。こういった事故直後の死者は、以前このブログでも話題にしたように、確定的影響によるものである。しかし、原発事故の際は、こういった確定的影響のみならず、確率的影響による死、つまり癌について考えなければならない。「放射能による直接の被害者は一人も居ない」と主張する人は、この、癌による死者を無視しているか、確率的影響について全く理解が出来ていないと考えられる。

スタンフォード大学の研究によると、東電の原発事故により、世界全体で最大2500人が癌を患い、このうち最大1300人が亡くなる計算になるそうだ。これは、現在認定されている1000人強の原発事故関連死の死者数と比べて、決して少ない値ではない。

ただし、1300人が原発事故による癌で亡くなったとしても、いったいどの1300人がそれに当てはまるのかは、分からない。原発事故以外にも癌になる原因はたくさんあるからで、原発事故によって癌になったのか、その他の事項により癌になったのか、ほとんどの場合はその原因を特定することは出来ないのである。しかも、この1300という値よりも2桁以上高い人数が、原発事故以外の原因で癌を患うため、癌患者全体の数の変化としても、統計的に優位な値として観察することは無理であろう。

しかし、観察することが無理だからといって、原発事故による死者の数がゼロだということにはならない。それは見えないだけで、すでに存在する、あるいは今後存在することになる、原発事故による直接の死者なのだ。

以前にも指摘したことがあるが、改めて「放射能による直接の被害者は一人も居ない」という解釈は間違いであることを指摘しておく。]]>
放射能 https://www.rad51.net/jeans/?itemid=882 Wed, 19 Jun 2013 15:46:58 PDT ITEM882_20130619
安全宣言より安心を https://www.rad51.net/jeans/?itemid=820
従って、「これくらいの放射能汚染なら安全です」という表現は、厳密には科学的に誤りなのであって、絶対的な「安全」とは、汚染がゼロでない限りありえない。だから、「校庭に於ける3.8μSv/h未満の汚染は、安全です」という表現は、科学的には間違っている。

「安全」という言葉を使った別の表現としては、「安全性」というものがある。安全性は高かったり低かったりするもので、多くの場合、比較の問題である。「安全性の高い車」にはエアバッグがついていたりするが、これはエアバッグの無い車と比較して安全性が高いのであって、絶対的に安全であるわけではない。車という乗り物には、程度の差こそあるが、ある一定の危険性が必ず存在する。しかし、技術の進歩と共に車の安全性は少しずつ上がってきた。だから、昔の車より今の車のほうが、「安心」して乗ることができる。

「安心」という概念は主観的なもので、人によって何を持って「安心」できるかが違う。放射能汚染に関しても、どれくらいの汚染度なら安心して過ごせるのか、個々人によって異なるはずである。また、人によって放射線に対する感受性に違いもある。私自身も、どれくらいの汚染なら安心できるかというのが良く分かっていないし、今後、ある程度の放射能汚染がある地域に住む可能性もある。そこで、現段階でどれくらいの汚染度なら安心して過ごすことができるのかの判断材料として、地域の汚染度と発癌の頻度との関係について、ざっと計算してみた。

計算するための指標として、一般に言われている「100mSvの被曝を受けた場合に0.5%の確率で癌になる」という値を用いている。



まず、ある地域に30年続けて過ごした時に、どれくらいの割合(%)で癌になるかを、Cs-137とCs-134(放射性セシウム)の半減期を考慮に入れて計算したのが、下の表である。

表1 地域の汚染度ごとの30年後の癌化の可能性(%)
年間mSvCs-137のみCs-134のみCs137/134が1:1除染あり
0.10.0110.00180.00640.001
0.20.02190.00350.01270.002
0.50.05480.00880.03180.005
10.10950.01750.06350.01
20.21910.03510.12710.02
50.54770.08770.31770.05
101.09530.17530.63530.1
202.19060.35071.27070.2
505.47660.87673.17660.5
10010.95321.75336.35331
20021.90643.506612.70652
50054.76618.766631.76645

それぞれの行は、被曝が始まった年の放射線量ごとに発癌の割合を示している。各列は、汚染がCs-137のみとした場合、Cs-134のみとした場合、Cs-137とCs-134が50%ずつの場合において、計算している。一番右の列、「除染あり」は、その地域による除染(人工的なものと自然によるものの両方)が進み、1年間で半分に減る(2年間で4分の1)ケースを考えている。文科省のデータでは、Cs-137とCs134の量はほぼ等しい(1:1)ように見える。このケースで、被曝が始まった年に20mSvを浴びる地域だと、30年間被曝すると凡そ1.3%の確率で癌になるという計算になった。私個人の主観を述べさせてもらえば、これは「安心」できる値ではない。やはり、1mSvでの0.06%か、それよりも低い値であって欲しいと思う。



次に、生涯にわたってその地域に住み続けたときに、放射能が原因で癌になる確率(%)を、住み始めた時点での年齢別に比較してみた。この表は、被曝が始まった時期のレベルが年間1mSvの場合である。それより高い値や低い値の場合は、適宜掛け算して値を求めていただきたい。例えば、被曝が始まった年に年間20mSvの場合、表の値に20を書けたものが、癌化の確率である。ただし、放射線を浴びて癌になるまで10年の潜伏期間があり、寿命は80歳だと仮定して計算している。従って、70歳以上の場合は可能性がゼロになる。

表2 被曝が始まった年に1mSvの場合の年齢別の癌化の可能性(%)
年齢Cs-137のみCs-134のみCs137/134が1:1除染あり
00.17570.01750.09660.01
100.16440.01750.0910.01
200.15010.01750.08380.01
300.13220.01750.07480.01
400.10950.01750.06350.01
500.0810.01750.04930.01
600.04520.01690.0310.01
700000

若い人のほうが一生の間により長く放射線を浴びることになるので、癌化の確率が年上の人よりも高くなる。ここでの計算は、年齢によらず、100mSvの被曝での癌化率が一律で0.5%であると仮定して、計算している。



若い人は新陳代謝が活発で、放射線への感受性が高いことが知られている。平均の癌化率が100mSvあたり0.5%の場合において、リンク先のJW Gofmanのモデルに従って補正した場合の、生涯の癌化の頻度を計算してみた。Gofmanのモデルではデータが55歳までの為、ここでも55歳までしか示していないが、それ以上の年齢の場合は55歳のデータを参考にすればよいだろう。また、表における値は、被曝が始まった時期に年間1mSvの被曝を受ける場合なので、それより大きい・小さい場合は、適宜掛け算して考えていただきたい。

表3 被曝が始まった年に1mSvの場合の年齢別の癌化の可能性(%)
年齢Cs-137のみCs-134のみCs137/134が1:1除染あり
00.31420.06910.19160.0405
50.24370.05980.15170.0358
100.1770.04540.11120.0282
150.12190.02440.07310.0142
200.09840.02130.05990.0122
250.07770.02060.04920.0122
300.05440.01720.03580.0103
350.03310.01230.02270.0075
400.01670.00750.01210.0048
450.00580.0030.00440.002
500.00090.00040.00070.0003
550.00030.00020.00030.0001

ちょっと驚いたのは、Cs-137とCs-134が1:1の場合で年間1mSvの場合、0歳児のケースだと癌化率が0.2%にまでなることである。年間20mSvの場合は、4%の確率で癌になることになる。100mSvだと、19%である。「100mSvは安全という学説」があるそうだが、いったいどういう計算でそうなるのか、聞いてみたいものだ。

なお、上記の計算値はあくまで参考として捉えていただきたい。色々な理由で、実際にはもっと率が高かったり低かったりするはずである。線量率効果と逆線量率効果も考慮されていないし(国際基準では、考慮しないことになっている)、他の核種(ストロンチウムやプルトニウムなど)も考慮していない(地域の汚染ではこれらの核種の量は放射性セシウムに比べて少ないようである;ただし、魚を食した場合の体内被曝では注意)。また、上記の被曝量は体内被曝を含めた値として考えなければならないが、生態濃縮により汚染食物のピークが地域の汚染度と一致しないため、こういった影響を考慮してシミュレートするのは困難である。

計算してみて、もしGofmanのモデルが正しければ(分子生物学的に考えて、かなり良さそうだと思う)、私の年齢では少々の被曝でも「安心」と思えそうである。逆に、若い人たちへの被曝を少しでも少なくして欲しいという気持ちも、より強くなった。また、除染が進めば影響は劇的に少なく抑えられるので、そういったことも考慮していただきたいと思う。

なお、上記の計算はMicrosoft Excellを用いて行った。計算過程について知りたい方は、下のファイルを参照していただきたい。
2011-05-25-IonicRadiation.zip


(追記:110526)
表3のCs-137:Cs-134=1:1のケースについて、グラフにしてみた。

2011-05-26-graph1.png
2011-05-26-graph2.png]]>
放射能 https://www.rad51.net/jeans/?itemid=820 Wed, 25 May 2011 14:10:27 PDT ITEM820_20110525
放射能汚染:危険な物と危険かもしれない物 https://www.rad51.net/jeans/?itemid=819
線量率効果と逆線量率効果

放射線の生物への影響を考えるとき、全体としての線量が同じであっても、高線量率で短時間に照射した場合(強い放射線を一度照射)と、線量率を下げて時間をかけて照射した場合(弱い放射線を何回かに分けて照射)で、効果の度合いが異なることがあります。生物を使った実験では、高線量率で短時間に照射した場合の方が効果が高いことが多く、この場合、「線量率効果」が見られるといいます。逆に、線量率を下げて長時間照射した場合の方が効果が高い場合、「逆線量率効果」が見られるといいます。

確定的影響と、確率的影響

細胞が放射線の被曝を受けたときにも、確定的影響と確率的影響の2つについて考えることが出来ます。確定的影響とは、「直ちに出る健康上の影響」の事で、被曝により白血球数が減少したり髪が抜けたりします。これらは被曝によるDNA損傷を修復できなかったが為に、細胞が死んでしまうことが原因です。他方で、確率的影響とは、直ちに健康上の影響が出るわけではないが、一定の時間の後に、ある確率の元に出る健康上の影響で、具体的には癌です。

細胞生物学的に考えた確定的影響:DNA損傷の修復について

様々な量の放射線を浴びた時に、どれくらいの割合の細胞が死ぬかという実験が良く行われますが、放射線の量を増やすと当然ながら死ぬ細胞の比率が高くなります。このとき、照射する放射線の量に閾値があって、その閾値を超えると一気に死ぬ細胞が増えるという結果が観測されることが多いです。閾値より低い放射線の照射の場合、照射後DNA修復が起こって、細胞は元通り傷の無い状態になります。従って、このケースにおいては、強い放射線を一度当てた場合と、閾値より低い強度の放射線を複数回当てた場合とを比較すると、強い放射線を一度当てた時の方が死ぬ細胞の比率が高くなる事が多いです。従って、確定的影響については線量率効果が見られることが多いというのが結論です。

細胞生物学的に考えた確率的影響:細胞の癌化について

細胞の癌化のメカニズムについては、まだまだよく分からないことが多いです。また、癌の種類によって癌化のメカニズムが多少異なることが観察されています。ただ、現在までの研究結果から、癌化した細胞は一つの遺伝子変異ではなく、複数の遺伝子変異を持っているということが分かってきました。こういった観察結果から、細胞の癌化は多段階のメカニズムで起きると考えられています。このことをふまえた場合、線量率効果があるのか逆線量率効果があるのかを予想しようとすると、逆線量率効果があるかもしれないと考えるのが妥当のように思われます。つまり、たとえ高線量であっても1回の被曝ですめば、多段階ある癌化のメカニズムのうちたった一つしか進まないのに対し、低線量であっても長きにわたって被曝すれば、多段階のメカニズムを順次進めることが考えられます。低線量による被曝の癌化に対する影響は実験が難しい(多数の実験動物を使わなければならない)為に、具体的なデータに乏しいのが現状ですが、放射線の種類によっては実際に逆線量率効果が観察されている物もあるようです。

では何故、東電の発電所が巻き散らした放射能で線量率効果があるように報道されるのか

原子力発電所に勤務しているので無い限り、確定的影響(直ちに出る健康上の影響)を心配する必要はありません。一般の人は、確率的影響(発癌)に付いてのみ、対策を取ればよいです。確率的影響について上記の考察から逆線量率効果がある(低線量であっても長時間浴びることによる影響が強い)ことが可能性として十分考えられるにもかかわらず、その逆のこと(線量率効果)を言う専門家が多いように見受けられます。これは、DNA損傷修復の研究を行っている私個人の目から見ると、非常に不思議な現象です。

何故こういったことが起きるのかという原因を考えてみると、確定的影響は実験や観察が容易であるのに対し、確率的影響は実験や観察が難しいことが挙げられます。実験や観察が容易な確定的影響は、線量効果が見られることが多いですから、それだけをみて結論づけているのではないでしょうか?他方、実験や観察が難しい確率的影響に付いては分からないことが多いです。私たち科学者は、分からないことを「分からない」とはっきり表現しますが、今の政府や一部の専門家(とされている人)は、分からないことは「存在しない」と見ることが多いように見受けられます。

危険な物と危険かもしれない物

今の政府の対応を見ていると、「危険な物」は危険と捉えますが「危険かもしれない物」は安全と捉えている傾向にあると感じます。本当に国民の立場に立って対応するのなら、「危険かもしれない物」は危険だと捉えて行動する必要があるのではないでしょうか?そういった中で、「危険かもしれない」と「安全」との間でどこで線引きするかが非常に難しいのですが、私個人の対応としては、3月11日より以前の政府や専門家の考え方を参考にするようにしています。]]>
放射能 https://www.rad51.net/jeans/?itemid=819 Sun, 22 May 2011 13:25:37 PDT ITEM819_20110522
放射能汚染についての生物学者としての見解 https://www.rad51.net/jeans/?itemid=818 はじめに

東日本大震災に伴う、福島第一原子力発電所の事故発生から、1ヶ月以上が経っています。原発からの放射性物質の大規模な漏出はあらかた止まってはいるものの、すでに放出された放射能の量は莫大です[1-2]。すでに放出された放射能による健康被害は、少なからずあると言わざるを得ません。

以前、DNA修復に関して研究をなさっている柳田充弘先生がブログで、「わたくしは怒っている」という記事を掲載なさいました[3]。私もこのことに関して考えるところあり、また、柳田先生が指摘されている「DNA損傷修復に関わる研究者」の一人でもあります[4-5]。柳田充弘先生がこの記事をお書きになってから2週間経ちますが、その間、色々と考えていました。2週間経った今でも、意味のある情報ではないかと思いますので、考えたことをまとめてみます。私の研究分野と、関係のある事柄です。

扱う内容に関して、出来る限りの範囲で、情報の提供元を参照したいと思います。ただし、この記事は学術論文ではありませんので、専門家ではない読者の理解のため、差しさわりの無い範囲でWikipediaなどの情報をWebから引用します。こういった情報は、まれに間違った(あるいは偏った内容の)情報を含んでいることがありますが、ここで引用する限りにおいて、そういった不確実性を考慮する必要は無いような引用の仕方をしてあるつもりです。

放射線はDNA損傷を引き起こす

放射性物質(放射能)からは、さまざまな放射線が出ます。どの種類の放射性物質からどんな放射線が出るかはここでは割愛しますが、どの放射線もみなDNA損傷(遺伝子損傷)を引き起こし、このことが原因で癌になる可能性があります。これが、放射性物質の怖いところです。これは、官房長官が言う「直ちに人体に影響を及ぼす」ような問題[6]ではなく、長期的な視野の元で起こる健康上の問題です。放射線により癌になっても、それが明らかになるのは早くても半年か1年後ですし、長い場合には10年も20年も経った後に影響が出る場合もあります[7]

細胞はDNA損傷を修復する能力がある

放射線による被ばくは、今回のように原子力発電所が事故を起こした場合にのみ起こるものではありません。自然放射線といって、私達が普段生活している中でも、毎日のようにさまざまな放射線の被ばくを受けています[8]。そういった被ばくを受けているにもかかわらず、すぐに癌にならないのは、私達の体を形成している細胞にDNA損傷を修復する能力があるからです[9]。さまざまな遺伝子がDNA修復に関与していて、その結果、たとえDNAに損傷を受けても修復されるので、癌にならないのです。さらに、DNA修復によって修復し切れなかった場合に、細胞が自らの機能を止めて死細胞になる仕組みもあり[10]、これも癌化を引き起こさないメカニズムの一つです。

細胞内でのDNA損傷がうまく行かなかったときに癌化する可能性がある

細胞が持つDNA修復機能はかなりの優れもので、細胞内に数万の損傷があっても修復する能力があります[9]。しかしながら、この修復能力は完全ではなく、ごくまれにDNA損傷を修復できない場合があります。傷を修復できず、かつ、自らの機能を止めてしまう仕組みも働かなかった場合、癌化を引き起こすことがあります。

放射能による被ばくは、癌化の頻度を高める

自然放射線以外に、原発から出た放射能による被ばくがある場合は、DNA損傷が起こる頻度が高くなります。したがって、それにより癌化する頻度も、必然的に高くなります。これは完全に確率の問題であり、「少量」の放射線を浴びた場合は癌化の確率が「少し」高くなり、「多量」の放射線を浴びた場合は癌化の可能性が「非常に」高くなるわけです。したがって、そこには閾値はありません。これに付いては、かなり信用の置けるような機関(例えば放射線医学総合研究所)でも、「低い線量では放射線ががんを引き起こすという科学的な証拠は無い」などとしていますが[11]、これは明らかな間違い(あるいは紛らわしい表現)で、「低い線量では放射線ががんを引き起こすという頻度は非常に低い」とでもするべきです。

例を挙げて説明します。以下、放射線医学総合研究所による説明からの引用です[11]

被ばくした放射線量が、例えばおよそ100ミリシーベルト未満では、放射線ががんを引き起こすという科学的な証拠はありません。また100ミリシーベルトの放射線量では、わずかにがんで死亡する人の割合を高めると考えられています。日本人は元々約30%ががんで亡くなっています。仮に1000名の方が100ミリシーベルトの被ばくを受けたとすると、がんで亡くなる方が300名から305名に増加する可能性があります。

「例えばおよそ100ミリシーベルト未満では、放射線ががんを引き起こすという科学的な証拠はありません」と説明しています。しかし、例えば40ミリシーベルトの場合は「100ミリシーベルト未満」に相当しますが、「がんで亡くなる方が300名から302名に増加する可能性があります」という事になり、これはけっして「がんを引き起こすという科学的な証拠はありません」という事になりません。この部分に関する政府及びそれに類する機関のこういった見解は、間違い(あるいは間違った解釈を引き起こしやすい、非常に紛らわしい表現)です。

これと同様のことは、例えば官房長官の記者会見で「たまたま数回にわたり、そうした飲食物(放射能汚染レベルが暫定基準値を少し超えた飲食物)を口にしたことによって健康に影響を与える可能性はないというのが専門家の皆さんの認識」[12]といったような表現で説明しています。これも、「可能性はない」と言っている所を「可能性は非常に低い」とするべきものです。

どれくらいの被ばくなら許容範囲内か

では、どれくらいの程度の被ばくに注意しないといけないか(あるいは、どれくらいの程度の被ばくをさけないといけないか)というと、これはさまざまな要因を伴って、個人差のあるものです。一つは、個人の感覚によります。たとえ1万分の1の確率でも放射能で癌になるのはゴメンだという人も居るでしょう。逆に、もともと別の原因で癌になる可能性のほうが高いのだから、少々癌化のリスクがあってもかまわないという人も居るはずです。原発で働く人や医療従事者など、それによって生計を立てている人などが、これに相当する例です。

どれくらいの被ばくなら許容しても良いというかという目安としては、例えば文部科学省が出している「放射線を放出する同位元素の数量等を定める件」[13]とういうものがありますが、ここでは「放射線業務従事者」に関して次のように限度が定められています。

・5年で100ミリシーベルト
・1年で50ミリシーベルト
・女子は3ヶ月で5ミリシーベルト
・妊娠中である女子は出産までの間に1ミリシーベルト


他には、国際放射線防護委員会(ICRP)による「1年間に浴びて問題ない放射線量を平常時は1ミリシーベルト未満」というものがあります[14]。こういったことから、どれくらいの値だと安心できるかというと、1年間に1ミリシーベルト未満というのが一つの考え方だと思います。1年間に1ミリシーベルトの被ばくの場合、癌になる可能性が30%から30.005%に増えるということになります。現在政府が取っている方針である「1年間に20ミリシーベルト未満」に関してですが、1年間に20ミリシーベルトの被ばくの場合、癌になる可能性が30%から30.1%に増えます。

浴びる放射線の量を出来る限り減らしたいという考え方では、ICRPの勧告に従って1年間当たり1ミリシーベルトとするのが妥当だと思います。これは、自然放射線の線量の世界平均(年間2.4ミリシーベルト)や日本の平均(年間1.4ミリシーベルト)[15]と比べても、大きな値ではありません。他方、「放射線業務従事者」に関しては年間20ミリシーベルトが妥当だということは、今までのこの基準の運営を考えると、受け入れて良いように思います。

年齢によって放射線に対する感受性が異なる

先に挙げた放射線業務従事者の被ばく限度については、女子・および妊娠中の女子に関しては、被ばく限度が厳しく設定されています。その理由としては、生まれてくる子供を「放射線業務従事者」とみなせないことが一つですが、それ以外に、胎児が放射線に対して感受性が高いことが挙げられます[16]。このことは、年齢の違いが放射線に対する感受性の違いを生み出す、良い例です。他の例として、乳幼児はヨウ素131に感受性が高いことが知られています[17]。また、新陳代謝が活発であればあるほど放射線に感受性が高いと言えますので、若い人や幼い子供は成人よりも放射線に対する感受性が高いことになります。

成人であっても、これから子を設けようとする人は、女性であっても男性であっても、無用な放射線をなるべく浴びないほうが良いです。と言うのは、放射線は遺伝子の突然変異を引き起こすことがあるからです[18]。人の染色体は2組あるので、ほとんどの遺伝子は2つずつ存在します。これら2つの両方に変異が入らないと影響を受けない場合が多いので、例え遺伝子に変異が起きても子供に影響が出る可能性はかなり低く、配偶者の同じ遺伝子に突然変異がない場合は子供の体には影響はありません。しかし、孫やさらに先の子孫の体に影響が出る可能性もあります。一度起きた突然変異が子孫への遺伝の途中で元に戻ることはほとんどありません。

人によって放射線に対する感受性が異なる

始めのほうで、細胞にはDNAに損傷があった場合にそれを修復する仕組みがあり、さまざまな遺伝子がそれに関与していることを述べました。これらの遺伝子のうちの一つに変異(突然変異)があると、細胞のDNA修復能力が落ちることが分かっています。先天性疾患(遺伝病)のうちのいくつかは、DNA修復に関する遺伝子に変異があることが病気の原因であることが知られています。私が知っていて思いつく限りでは、次の先天性疾患がこれに相当します。

ファンコニ貧血 [19]
ブルーム症候群 [20]
ウェルナー症候群 [21]
ロスモンド・トムソン症候群 [22]
色素性乾皮症 [23]
コケイン症候群 [24]
遺伝性非腺腫性大腸癌 [25]

これらの疾患の患者の方々は、放射線に対して細心の注意を払ったほうが良いです。詳しくは、治療にあたっている医師の方に、相談してください。また、患者と血縁の方々も、患者ほどではないですが、注意した方が良いです。これは、2つある遺伝子のうち片方に変異が有る可能性が高いからです。特に、一等親血縁者の方(患者の両親、もしくは子供)は、片方の遺伝子に変異が有ります。

上記疾患の親族と同じくらい注意して欲しいのは、乳がんを発症した事のある方と、その血縁の方々です。DNA修復に関係する遺伝子について、2つあるうちの片方に変異がある可能性があります。

自身や家族・親類に上記の疾患が見られないようなケースでも、放射線に対する感受性に個人差があることは十分考えられます。例えば、上でも述べましたが、上記疾患に関係する遺伝子について、2つある遺伝子のうち片方に変異があっても発症しません。発症するのは、同じ変異を片方に持った男女が子を設け、その子が両方の遺伝子に変異を持ってしまった場合で、非常にまれです。しかしながら、これらのDNA修復に関係する遺伝子について、2つある遺伝子のうち片方だけに変異を持つ日本人は、潜在的にある一定の割合で居ます。それが100分の1なのか、1000分の1なのか、分かりません。これらの遺伝子に変異がなくとも、全然別の原因で放射線に感受性になってしまうようなケースも、存在すると思います。言える事は、感受性が低い人たちは少々の放射線を浴びてもめったに癌にはならないけれど、感受性が高い人はほんの少し放射線を浴びただけで癌になってしまう可能性が高いということです。よく言われている、「100ミリシーベルトを浴びると癌化率が0.5%増加」という値は、こういった個人差を含めた上での日本人全体での平均値だと思われます。

ではどうすれば良いのか

一番良いのは、国際放射線防護委員会(ICRP)による平常時の勧告:「1年間に浴びて問題ない放射線量を平常時は1ミリシーベルト未満」[14]を守ることです。上記で述べた特に注意しないといけない場合(妊婦、幼児を含めて若い人、遺伝子疾患の患者とその血縁者)は、これを絶対に守るべきです。

政府は事故などの緊急時における措置として、「1年間に20ミリシーベルト未満」としました。これは、「もともと原発による放射線以外の原因で癌になる率が高いのだから、放射線による癌化率の追加分が20倍上がっても構わない」 「癌化率30%と30.1%ではほとんど違いがない」といった理由によるものです。上で特に注意しないといけない場合に当てはまらなかった方々は、こういった政府の考え方が受け入れられるかどうかで決めればよいと思います。「1年間に20ミリシーベルト未満」というのは、放射線業務従事者に対する許容量と同じか、少し厳しい値です。厳しいというのは、放射線業務従事者では5年間の総放射線量で計算するのに対し、今回の政府の勧告は1年間の総放射線量で計算するからです。原発からの放射能の放出が完全に収まって、周辺地域の除染が迅速に進めば、5年間で100ミリシーベルトを浴びることはないということになります。

ただし、次のことは頭の中においておくべきでしょう。放射線業務従事者は、少量の放射線を浴びる代償として収入を得られますが、原発からの放射線を受けることになる国民には、そのような収入はありませんし、また自ら望んでその状況になったわけでもありません。それと、いくら個々人がこれにより癌になる可能性が非常に低いとしても、福島県民200万人全員が20ミリシーベルトの被ばくを受けたとすると、2000人の方が原発による被ばくで癌になる計算になります。

もう一つ気をつけたいのは、年間の許容放射線量は、普段生活しているときに浴びる放射線による外部被ばく以外に、放射能を含んだ食物を摂取することによる内部被ばくを加算した量であるということです。住居地域の空間放射線量が高いところでは食べ物の放射能量に注意し、逆に、ある程度放射能を含んだ食べ物を摂取せざるを得ないときは空間放射線量が低い地域に居住することが、年間20ミリシーベルト以下を守るためには重要です。

参考文献一覧

1. 東北地方太平洋沖地震による福島第一原子力発電所の事故・トラブルに対するINES(国際原子力・放射線事象評価尺度)の適用について
2. 福島第一原子力発電所2号機汚染水の止水対策と海洋への流出量について
3. 生きるすべ IKIRU-SUBE 柳田充弘ブログ: わたくしは怒っている
4. RecFOR proteins load RecA protein onto gapped DNA to accelerate DNA strand exchange: a universal step of recombinational repair.
5. Reconstitution of initial steps of dsDNA break repair by the RecF pathway of E. coli.
6. 東京電力福島第一原子力発電所について
7. 「放射線 その利用とリスク」地人書館、エドワード・ポーチン著、中村尚司訳、昭和62年4月10日初版第1刷 (注:チェルノブイリ原子力発電所事故 - Wikipedia からの孫引き)
8. 自然放射線 - Wikipedia
9. DNA修復 - Wikipedia
10. アポトーシス - Wikipedia
11. 放射線被ばくに関する基礎知識 サマリー版 第1号
12. ホウレンソウ・原乳等から放射性物質が測定をされた問題について
13. 放射線を放出する同位元素の数量等を定める件
14. 国際放射線防護委員会 - Wikipedia
15. 暮らしの中の放射線 - 自然放射線の量
16. 放射線の妊婦・胎児への影響
17. 原子力事故時におけるヨウ素剤予防投与の実施体制の概要
18. 人為突然変異 - Wikipedia
19. 再生不良性貧血 - Wikipedia
20. 難病情報センター|Bloom症候群(ブルーム症候群)
21. ウェルナー症候群 - Wikipedia
22. 早老症 - Wikipedia
23. 色素性乾皮症 - Wikipedia
24. 日本コケイン症候群ネットワーク
25. 遺伝性非ポリポーシス大腸癌 - Wikipedia
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放射能 https://www.rad51.net/jeans/?itemid=818 Sun, 24 Apr 2011 01:34:20 PDT ITEM818_20110424
政府と東電は、高濃度放射能汚染水漏出の健康への影響について、説明すべき https://www.rad51.net/jeans/?itemid=817
ここに、濃い砂糖水576mlと、薄い砂糖水1万1500mlがあります。濃いほうは薄いほうの20万倍の濃度です。さて、どちらのほうがどれくらい多く砂糖が含まれているでしょうか?ただし、小数点以下は四捨五入して答えなさい。

答え: 576 ÷ 1万1500 × 20万 = 10017.39.... ∴ 濃い砂糖水の方が、薄いほうより、10017倍多い。


ここで出した3つの数字、576、1万1500、20万の3つの数字は次の事柄に関連します。

1)福島第一原発2号機には3日朝の段階で毎時8トンの水が注ぎ込まれている
 毎時8トンは、毎秒2.2リットルです(8000 ÷ 60 ÷ 60 = 2.222…)。 ピット側部からの水の出方を見ると毎秒2.2リットルだとしても不思議ではありません。つまり、2号機に注入されていた水とほぼ同じ容量の水が、海に流れ出ていたものと思われます。4月2日に漏出が確認されて、4月6日に止まったわけですから、3日以上出続けていたことになります。毎時8トンが3日だと、8 × 24 × 3 = 576 トンです。

2)1万1500トンの低濃度汚染水、海への放出作業続く
 東京電力は、福島第一原発所の放射能汚染水のうち、比較的汚染度の低い1万1500トンを海へ放出するとしました。

3)放出される低濃度汚染水は、従来タービン建屋から流れ出ていた高濃度のものと比べると、20万分の一という、相対的に低い放射能濃度
 官房長官の記者会見によると、2号機のタービン建屋から流れ出ていた放射能汚染水の濃度は、意図的に放出した低レベル汚染水の20万倍の濃度であったことが分かります。

したがって、先の計算をここでの汚染に当てはめると、概算では、2号機から漏出した放射能の量は、1万1500トンの低濃度汚染水に含まれていた放射能の量の、実に1万倍であったことが分かります。これはあくまで概算値なのであって、実際に2号機ピットからの漏出は毎時8トンではなくその半分の速度だったかもしれないし、3日間とした漏出時間はもっと長かったかもしれないので、実際の値は多少ずれているわけです。加えて、官房長官が示した、「20万分の一」という濃度の違いも、ある程度の誤差が含まれているはずだし、ピットから流れ出た放射能が、まだ原発の敷地内の湾(コンクリートの防波堤で囲まれている)の中に一定量残されているかもしれません。なので、1万倍ほどひどくは無かったかもしれません。しかし、仮にここでの計算と実際の汚染の間に2桁の違い(99%はまだ防波堤内にとどまっているなど)があったとしても、海洋に溶出してしまった放射能の量は低濃度汚染水に含まれていた量の100倍はあるわけです。

東電と政府は、低濃度汚染水について各方面で謝罪を行っていますが、少なく見積もっても100倍以上の汚染を引き起こしたであろうと思われる2号機からの漏出の影響に関して、ほとんど言及していないように思われます。なぜなのでしょうか?私には分かりません。「低濃度汚染水の放出による健康への影響は少ない」というのは納得できます。しかし、2号機からの漏出がどれくらい健康へ影響するのか報道されていないのは、非常に疑問です。私自身も、どれくらい影響があるのか、良く分かりません。

一番初めに算数(理科)の問題を出したのは、ここで問題にしている汚染が、ちょっと知識のある人なら誰でも分かりうることを示したかったからです。東電・政府はもとより、多くのマスコミや学者の人たちは皆、分かっていると思われます。もし私の計算に間違いが無いのならば…。]]>
放射能 https://www.rad51.net/jeans/?itemid=817 Wed, 06 Apr 2011 19:53:55 PDT ITEM817_20110406